あの日のこと、中越地震

あの日、中越地区にいて、土曜日なのに会議でもうそろそろ終わりにしようと想っていた。
突然の揺れに、お互いが顔を見合わせた。大きな突き上げるような揺れと大きな振幅の地震で、いつまでも揺れが止まらない気がした。

周囲の動きをスローモーションの様に思い出す。立てなくて床に座り込み壁に身体を押し付けて、倒れないように身体を硬くしていた。翌日になって、背広の背中が破れていることに気がついた。

揺れが一旦収まり、外へ飛び出した。暫く様子を見ながら、余震に気をつけろって声が飛ぶ。お互いに信じられないって顔をしているのを思い出す。6時半くらいにすごく強い余震があり、建物の中から再度飛び出す。
何度も強い余震が続き、そのうち周辺に薄手の布団などを持って非難する人達の列が出来始めた。
風呂にも入れず、翌朝早く起きて周辺を歩いて廻った。

初めて、自分の眼で、地面が割れているのを見た。衝撃的だった。
無残にも、地割れが建物の基礎の中に入り込み、そのまま基礎部分がパックリ割れている建物。その傍で、家々の玄関口でテントを張って不安な表情の人たち・・・・・。
フラッシュバックするように思い出す。

中越沖地震も酷かった。あの日も仕事中。瞬間的に大地震だと想った。TVにかじりつくと柏崎原発から黒煙が上がっていた。
しかし、道路から突き出した下水道管や大きく波打つ道路、地割れの中を、みんなが率先して水や食べ物の救援に廻ったのも中越地震の経験のおかげだと想う。

東京では大きな地震に慣れているつもりだった、だから想う。震度5と震度6強は全く違う。東京に住む人たちはあまりにも地震に対して想像力が低く、そして無防備だって。
あの地震で亡くなられた多くの方々のご冥福を心からお祈りいたします。

おやすみなさい、そしてクリックをお願いします。
    ↓
にほんブログ村 地域生活(都道府県)ブログ 新潟情報へ
にほんブログ村

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

taka
2009年10月25日 15:49
こんにちは、貴重な地震体験談をブログで打って頂き今度の参考になると思います。
5年前の中越地震や2年前の中越沖地震の事を思うと胸が痛みますね。
まだまだ、地震の後遺症が心の中で残っている人が多数いると思います。
よく、忘れたころに地震が来るといいますね。そうならないように日頃の備えが必要ですね!
新津でリフレッシュ
2009年10月25日 23:17
takaさん
あんまり言うのもどうかな、って思っていました。新潟でもこれだけの被害が出るクラスの地震が東京でいずれ起きるのかと思うと、もっと耐震工事や避難や生存のための具体的な対策が必要なのですが・・・。

この記事へのトラックバック